開幕年のJリーグ人気はとにかくすごかった
https://twitter.com/vivien_amn/status/1393613734904401921
母に聞いた1993年当時の話
・ジュビロのチケットが手に入りにくく、プレミア価格がついて1枚1万円ほどだった
・スタジアムが満員で妊婦(当時私は母のお腹の中でしたw)でも座れず立ち見観戦した#Jサポ昔話 https://t.co/rzm5pC51RZ— N (@daihakkenyade) May 15, 2021
ぴあ窓口が田舎の本屋にその地域で1箇所あったんだけど、書店員さんがぴあの端末をマニュアル見ながら慣れない操作で発券してくれたなあ。96年ぐらいの事、Jリーグの初期の人気が落ち着いてようやく頑張らなくても買えるようになった頃、初めてスタジアムに行きました。
— モロタケ (@moro_take) May 15, 2021
徹夜で並んだこともあったそう
チケットはぴあで徹夜で並んで購入していた…かな⁈ https://t.co/wYgXj9iwuY
— たきんこ (@oomiyamagandam) May 15, 2021
【チケット確保編】
インターネットで取るという発想が無い時代なので、プレイガイド店頭or電話の二択。
店前での徹夜待機は当たり前だし、電話も繋がるまでかけるので「リダイヤルボタンの酷使による故障」を理由とする固定電話機の買い替えが発生しました。(※マジの実話)#Jサポ昔話— ぷれすと (@Presto0255) May 15, 2021
#Jサポ昔話 に乗っかりまして
・チケ発売日はチケットぴあの窓口に徹夜
・もしくは繋がりやすいと言われる公衆電話で人的リダイヤル#浦和レッズ の駒場スタジアムはキャパが小さかったので皆さん大変だったと😊#Jリーグの日 https://t.co/ThuDepaMl7— 駄々茶豆坊主 (@urawa_chabouzu) May 15, 2021
予約のために電話をかけまくっていた
基本的に固定電話で時間や場所の約束していたかと。出先では「伝言ダイヤル」を活用していました(笑)
チケットはぴあに並んで確保。発売初日は電話予約のみということもあったので繋がりやすいと言われていた公衆電話でわざわざ大阪の番号にかけていたこともありました #Jサポ昔話— 🐬J.D.BOY@麻生グラウンドまで徒歩50分🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟 (@j_d_boy_2150011) May 15, 2021
待ち合わせは駅でした。チケットはセゾンで並んで取りました。電話のみになった時は公衆電話を独占してました笑
— リべロー (@tobiq21) May 15, 2021
チケットは特電と呼ばれる専用電話番号に10時丁度に狙い撃ちして入手。コンビニではなくデパートのプレイガイドで発券。タオマフよりフラッグが必需品。スタグル、ガチャ無し。携帯のない時代、仲間とはスタジアムよりも最寄り駅で待合せか、自宅を回って参戦が主でした。 #Jリーグの日 #Jサポ昔話
— taka_8 (@spulsejunkie) May 15, 2021
自動リダイヤルしてくれる機器があったそう
チケットの昔話。
チケットの購入はプレイガイドへの電話か店頭での行列。
当時のサッカー雑誌には、自宅の電話に後付けすれば自動リダイヤルしてくれる機器の広告が載ってました。#Jサポ昔話 https://t.co/SjSNgGpUuY— 北 摂男 (@hokusetsuo) May 16, 2021
ぴあの電話につなげるため
リダイアラー (ゴリ押しくんみたいな名前だった)を電話機に繋いで、何度も何度もかけまくったなぁ。— ひで (Hidekazu Sano) (@hide7kazu111973) May 15, 2021