7日目−8月7日（木）− | ||||||||||||||||||||||||||||||
起床早朝五時起床。眠い目を擦って辺りを見渡してみると、外はバケツをひっくり返したかのような 土砂降りの雨。いきなりやる気を削がれてしまった。 お遍路に来て1週間が経つが、これまで何とか雨に降られずに やってきていたので、このまま一度も雨に降られずに四国一周できるんじゃないか、なんて甘い考えすら持っていたが、 その僅かな期待は空から降りしきる大粒の雨によって粉々に打ち砕かれた。
辺りはまだ暗い[5:16] 
ブオオオオオ[5:25] 
完全な向かい風です[5:51] お遍路を通して初めて知ったんだけど、 自転車って帆船と同じくらい風向きが重要な乗り物だ。体力の消耗具合から速度、やる気に至るまで、 あらゆる要素が風向きに左右される。左右されるのに、この強い向かい風。いっそ今までの道を全部引き返して 最初から逆回りに走ったほうが早いんじゃないかとすら思うほどだ。 「マジかよー」とぶつぶつ文句を言うが、それで天候が良くなる訳でもなく、諦めて散らばっていた荷物を まとめる。するとネイシアが自販機で売っていた缶コーヒーをおごってくれた。お礼を言って大事に飲む。 カフェインのおかげだろうか、先ほどまでの落ち込みようはどこへやら、鼻歌交じりに準備を始めていた。 さて、本来であれば、こういう雨の日は通気性の良い専用の雨合羽を着て自転車のバッグに専用のレインカバーを かけてあげる必要があるのだけれど、 僕は「金ないし面倒だから」という理由で何も持ってきていなかった。あるのは小さなビニール袋だけ。 かといって何もしないのはまずいので、とりあえずそのビニール袋で要救助患者から保護してやることに。 
もう安心だ[5:43] 
ラスト・サムライみたい[5:50] 出発出発の準備が整ったころ、丁度雨が弱くなってきた。これを機にと、僕だけ先に出発することに。 次のお寺でまた会うかもしれないので、仰々しい別れの挨拶とかはせず、簡単に別れを告げて次のお寺に 向かう。寝泊りした海の駅というところを出て海岸沿いの道を雨の中逆走すると、100mほど走ってはUターンを繰り返す くねくねとした上りの道路を見つけた。 道路は左手に見える山へと向かっており、道路脇にある標識はこの先に24番のお寺があると示している。 腹をくくり、自転車から降りて坂を上っていく。 ここでちょっとした問題が生じる。いつもは靴を履いているのだが、 今日は雨ということでサンダルを履いていた。しかし、やはりサンダルで登山は無理らしく、 登り始めて5分ほどで足の裏が摩擦で痛くなってきた。かといって靴を履くと、靴に水が溜まって歩きづらい。 仕方がないので裸足で歩くことにした。 すると、これが思ったより歩きやすいのだ。冷たいアスファルトや湿った落ち葉の感覚を 足の裏でダイレクトに感じとりながら、好ペースで歩を進める。 時刻は早朝六時過ぎ。ペチャペチャという小気味いい音が、しんとした山に響き渡る。 
しん[6:21] 
[6:51]
ジェシーの元へ戻り、横に腰掛けて話しをする。彼は日本語が一切通じないので、全部英語で話さなくちゃ いけないのだが、これがまたできた人で、僕の英語力が残念なものだと分かるやいなや、聞き取りやすいように とてもゆっくりと喋ってくれた。お互いの納経帳を見せ合って、 書かれている納経の字の違いについて話して過ごす。 しばらくするとネイシアがやってきた。1時間振りの彼に挨拶し、じゃあお先にと僕は門を出る。 丁度その時一人のお遍路さんが門を通り抜けようとしていたので、挨拶する。その顔を見て驚いた。 若い女性だったのだ。ちょっとドキドキしながら山を下る。 
今日はあの山まで行きます[7:55] 寺を出てから30分ほど走ったあたりで、こうも濡れていては風邪を引くかもしれんと思い、 近くのコンビニに入って雨合羽を買った。 
肩に手を回す意味はあるのか[8:33] 迷うお遍路さんが歩く道は「遍路道」と呼ばれていて、至るところに看板や標識が立っていたり、あるいは 電柱などに矢印のシールが貼られていて、それさえ注意していれば よっぽどの事がない限り迷うことはないようになっている （ない、とか言っておきながらこれまでに何度も迷ったのは、僕がよっぽどの人だからです）。この時も僕はその標識の指示に従って走っていた。はずなのに、気がついたら迷っていた。恐らく 標識を見逃したのだろう。あたりに遍路の標識は見当たらず、地図を見ても現在地が掴めない。 漫画的に表現するなら「あわわわ」というような感じのパニックに陥ってしまった。 こういう時することといったらひとつしかない。目に入った 小さな八百屋さんの前に自転車を停め、中に入り、中にいた店主と思しきおっちゃんに 「25番のお寺はどこですか」と聞く。おっちゃんは一瞬だけ「どうしてこんなところまで来てんだ」という顔を 浮かべた後、親切にお寺までの道を教えてくれた。お礼に何か買うべきだったのだろうが、気が動転していた上に 「とにかくお寺に着かなくちゃ」という思いで頭が一杯になっており、そこまで気が回らなかった。 お礼を言ってお店を出て、自転車に跨り、おっちゃんに言われたとおりに走る。 一つ前のお寺を出てから一時間後、やっと25番のお寺に着くことができた。 
[9:33]
でも、まあ、着いたしいいや、と階段を登っていくと、境内にあるベンチにジェシーとネイシアが座って いるのが見えた。彼らも僕の姿に気付いたのだろう、顔をこっちに向けている。だがその表情は、共に 「どうして自転車なのに俺らより着くのが遅いんだ」というもので、何だか居心地が悪くなった。 参拝し終えて階段を降り、ベンチの二人に挨拶し、「いやー迷っちゃってさー」と弁解する。 座って休憩していた彼らは僕と入れ替わりに参拝しに行き、僕は納経をしてもらいに納経所へ向かう。 納経してもらっていると、面白いものを見つけた。納経所には小さなモニター画面が設置されていて、 そこには境内の数箇所に設置されているカメラの映像が映し出されているのだが、ちょうど本堂でお経を読んでいた 参拝中のジェシーとネイシアの後姿がバッチリと画面に映っていた。そして驚いたことに、スピーカーから 聞こえてくる彼らの読むお経はとても流暢な発音で、この人ら只者じゃないなと思った。参拝が終わった二人に挨拶し、 お寺を出る。 青山さんお寺を出て、すっかり見慣れてしまった町中を走る。少し古びた住宅街を走っていると、少し先を お遍路さんが歩いているのが見えた。段々と近付いていくにつれて、それが24番の寺の山門で会った 若い女性のお遍路さんだと気付き、走り寄って声をかける。 声をかけてしばらくは僕を警戒している話しぶりだったが、僕が毒にも薬にもならない人間だと知ると、 敬語抜きで喋ってくれるようになった。彼女の名前は青山さん（仮名）といい、有給を使って某県からお遍路にやってきたという。 お仕事は公務員をされてて、「公務員は風当たりが強いのよ･･･」と嘆いていた。 年齢は僕の7つ上で、喋り方は方言交じり。雨合羽の代わりにゴミ袋を被るなど、 すごく凛々しい人だった。そして何より、美人だった。仕事のことを聞いたり、 僕の学校の事を話したりしてるうちに、あんなに強かった雨はいつの間にか止んでいて、 ふと気が着くと26番のお寺のあたりまで来ていた。 26番のお寺は山の中腹に位置しており、24番と同じように山を登らなくてはいけない。山を登る道は 二通りあって、ひとつは歩いてしか通れない登山道。もうひとつは車も通る車道だ。彼女は歩きなので 当然登山道を歩く。僕は彼女ともっと話していたかったが、自転車を押して登山道を登るわけにもいかないし、 何よりそろそろ鬱陶しがられる気がしたので、彼女と別れて自転車を押して車道を登ることに。 ああ、誰かと話しながら歩いた後にひとりで歩く道の、何と長く、辛いことか。先ほどまで動いていた口が 今では息を吸って吐くだけになってしまっていて、何だか物足りない。誰でもいいから誰かと喋りたい。 誰もいないので独り言を言うしかない。 登山すっかり昇った太陽から発された光線は、木漏れ日として車道のコンクリートに槍のように突き刺さる。 僕はそれを避けるように坂を登る。 顎ヒゲの先からは汗が滴り落ち、お寺までの距離の見当はさっぱりつかず、時々車道を走る車は 颯爽と僕の横を走り抜ける。こうも辛い山登りをしていると、「どうして寺を山の上に建てたんだ」と、 かつての先人を恨む気持ちが嫌でもふつふつと湧き上がる。が、時折木々の隙間から覗く、すっかり遠くに見える山の周辺の町並みを見下ろす度に、 そういった悪感情は雲散霧消する。 「ああ、だからか」と納得する。そして、やっとのことで坂を登りきり、最後だと思われた 曲がり角を曲がったところで、更に延々と続く上り坂を目にする度に、「どうして」と再び糾弾するのであった。 そういえば、ここのところ二日に一回は山を登っている。これなら履歴書の趣味欄に登山と 書いても、実績的にはあながち嘘でもなくなるだろう。しかし、山好きな人は「そこに山があったから」山を 登るのだが、僕の場合は「寺が山にあったから」登るのだ。そこを山好きの人事部に勘違いされて 「君もか！」なんて言われた日には、二日に一度では済まなくなるかもしれない。なんて。 そんな事を考えてるうちに、26番のお寺に到着した。 
[10:53]
納経所に行くと、まだ納経してなかったらしき青山さんがやってきた。「登ってくるの大変でしたよー」なんて 言って話していると、一匹の羽虫が納経所内に入ってきた。しかもすごくでかいやつ。僕が「ひいっ」と みっともなく怯えている目の前で彼女はその羽虫を鷲づかみにし、外に逃がしてやった。すごい。 僕がお寺に着くのと時を同じくして、団体のお遍路さんを引き連れたバスが数台来たらしく、納経所は込み合っていた。ちょっと並んでから 順番を待って納経してもらい、さっさと外に出て山門手前のベンチに行き、四人で話す。なんだかRPGのゲームで やっとパーティが全員揃った、みたいな気分だ。四人で話し、ついでに三人の写真を撮らせてもらい、 僕は先に山を下りることにした。 地図を見ると、寺を挟んで登ってきた方向の反対側に下る道があるようだ。 行きと同じ道はあまり通りたくないので、そっちから下ることにする。 完全な下りに入るまでに少しの上り坂があるようで、自転車を押して登る。 そうしていると、後ろから 数台のバスが僕を追い越していった。道路脇の看板を見ると、この先には「少年自然の家」という施設が あるらしく、どうやら彼らはそこへ野外学習へ向かうようだ。そして、バスの中の数人は僕に手を 振ってくれている。このやろう、なんていい子たちだと僕も手を振り返すと、後ろから来た 最後尾のバスに轢かれかけた。 ある程度登ると、ついに念願の下り坂に入った。 路面の舗装状態は良好で、すごく走りやすい。ゴムが磨り減って使い物にならなくなってきている ブレーキを駆使し、駆け抜ける。 
ジブリ映画のよう 
☆DEN-PATA☆[11:37] 二度目の景色にうんざりして登っていくと、道に何か白いものが落ちていた。 
あ･･･[11:42] 二度目の登山に足が疲れてきて、 やっぱりもう一度引き返してさっきの分岐点を左に曲がってみようかという気になってきたあたりで、 道路横の畑の奥に一人のおっちゃんがいるのが見えた。そのおっちゃんは、Tシャツにトランクスという なかなかにネイキッドな格好だった。 「おっちゃんイカしてるね！」と言いそうになるのを堪えて、格好についてはあまり気にせずに、 「この道ってこのまま下れますか」と大声で聞いてみると、「いけるいける」との返事が返ってきた。 どうやらさっきの分岐点を左に行けば、そのまま海岸沿いの道路に出るとのこと。おお！ 畑の中心で仁王立ちするミスター・ネイキッドにお礼を言い、下っていく。 分岐点を左に曲がり、海を目指して走り抜ける。徐々に舗装状態は悪くなってきて、一部草むらに バターナイフでコンクリートを塗りたくったような区間もあったが、石などでパンクしないよう、 またカーブで直進して激突しないよう、「ひい」だとか「うおう」などの情けない悲鳴を上げつつ、 最大限の注意を払って坂を下りていく。 そして、ついに海岸沿いの道路に出ることができた。 
山の後の海[12:54] 27番へふと時計を見てみると、時刻は2時過ぎ。無事に今日中に次のお寺を打つことができるか不安だが、 まあ出来なければ出来ないで諦めよう。途中、道路沿いにアイスクリームの出店があるのを見つけた。 自転車から降りて寄ってみると、どうやら売っているのはただのアイスクリームではなく、 この地方の名物の「アイスクリン」という、特別なアイスなんだそうだ。 150円だというので買ってみると、これのうまいことうまいこと。 懐かしい甘さと懐かしい食感で、食べている間は旅の疲れを忘れる事ができた。 
あの雲より雲っぽい[14:10] 
大量のトッポ[14:22] 
あれ登るのはなあ[15:05] へえそうなんですかと相槌を打ち、「今からあの27番のお寺行くのって難しいですかね」と僕が聞くと、 「行けるんじゃない？若い人なら1時間で登っちゃうよ」との返事が。 なんだ、いけそうじゃないか！おっちゃんにお礼を言ってその場を去る。すっかり泳ぐ気でいた両腕に 「これから山を登るから、もう少し頑張って」と言い聞かせ、山へ向かって走り出す。 山のふもとに着いたところで地図を見てみると、なんとお寺の標高は430mもあることが分かった。 しまった。あのおっちゃんは「若い人なら1時間」と言っていたが、 「歳は若いが体力はなく、おまけに自転車のお荷物つきの人は何時間かかりますか」と聞いておけばよかった。 だが、ここまで来たからには登る他はなく、すっかり疲れ果てた両足に鞭打って歩き始める。 浜中さん坂を上っていくと、中学生の男の子のような後姿が、僕と同じように自転車を押して坂を上っているのが前方に見えた。 自転車の荷台には旅荷物が積んであったので、ほぼ間違いなくお遍路だろう。もしくは、旅荷物を自転車に 積んで山に登るのが好きな人のどちらかだ。歩くペースを早めて近寄り、声をかけてみる。男の子だとばかり思っていたその人物は、なんと女性であった。青山さんと同じように、初めは僕を 不審がる話しぶりだったが、話すにつれて気を許してくれた。 彼女の名前は浜中さん（仮名）。僕より７つ上で、青山さんと同い年だ。髪はショートカットで背は低めだが、 僕の何倍も体力があって、重そうな自転車をぐいぐいと押して坂を登っていく後姿を見ていると、 なんだか彼女が部活の先輩か何かのように思えてくる。更には、時折足を止めて振り返っては 辛そうにヒイヒイ喘ぐ僕を見て「少し休む？」と声をかけて心配してくれるという、 女性らしい気配りも見せていた。 背中のリュックにはカピバラさんのキーホルダーがついていて、それを誇らしげに僕に見せ、 「可愛いでしょ」と白い歯を見せた。僕もたろう君を見せて自慢した。 話しながら歩いていると、雨が降ってきた。海岸沿いを走っている間は晴れていたくせに、今になって 降り出す性質の悪さにうんざりするが、浜中さんと「ほんと困っちゃうよね」と愚痴を言い合うと、 そこまで雨が辛いと感じる事はなくなった。 道路脇に水が流れ出る竹の筒があったので、そこでボトルに水を汲み、ついでに頭から被る。 浜中さんは「男の子だねえ」と言った。 そして4時過ぎ、ついにお寺に到着した。 
[16:08]
ドーン[16:25] 汚いパンツを干していると、浜中さんが通夜堂前を通るのが見えた。呼び止めてこの後どうするのか聞いてみたら、 今から下山してふもとの宿に泊まるのだそうだ。･･･もしかして、僕が通夜堂取っちゃったから仕方なく下山するんじゃ･･･？ と思ったが、「お風呂入りたいからいいんですよ、ありがとうございます」。なんか、ほんと すいません。申し訳ない思いで一杯になりながら、浜中さんと、その背中で揺れるカピバラさんを送り出す。 残っていたラスクを口にくわえてポリポリと食べながら、荷物の整頓を行う。この雨で納経帳がだいぶ濡れて しまったが、乾けばまあ問題はないだろう。５時になったところで戸と窓のカーテンを閉め、 こんな立派な部屋を丸ごと独占できる喜びを噛み締めつつも、ああは言っていたが恐らく自分も泊まる気で いたであろう浜中さんの事を思い出し、自責の念に駆られる。 部屋の隅にはコンセントがあったので、そこで携帯を充電させてもらった。ここぞとばかりに メールをチェックしたり掲示板の書き込みを読んだりと、今まで電池切れを恐れて封印していた携帯の機能を フルに活用する。ああ、電気が思う存分使えるってすごいことなんだなあと思う。 濡れた服を着替え、布団に潜って日記を書き、ラジオを録り、眠くなるまでピクロスDSをやって、寝た。 一日の走行データ
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